【インタビュー】居場所は与えられない―強豪校出身の選手が集まる中で、生き残った理由(Citrus College 光陽さん)

日本の大学進学ではなく、アメリカ大学野球を選んだ理由

――強豪校出身の選手が集まる中で、生き残るために選んだ行動

高校野球を終えた当初、私は日本の大学へ進学するつもりでした。
しかし、どこかで「日本の大学で野球をしている自分」の姿がどうしても思い描けませんでした。仮に4年間やり切ったとしても、野球を辞めた後に自分の中に何が残るのか。そのイメージが湧かなかったのです。

そんな中で目に留まったのが、自分の生まれでもあるアメリカの大学野球でした。
環境、文化、価値観、すべてが違う場所で挑戦することに怖さはありましたが、「何も残らない4年間にするより、挑戦して何かを掴みたい」。そう思い、留学を決断しました。


野球留学後に直面した最大の壁

――「やってこなかったこと」をやる苦しさ

アメリカに来て、一番苦労したのは英語です。
基礎からのやり直しで、単語量もこれまでとは比べものにならないほど増えました。正直、精神的にキツくなることも何度もありました。

ただ、「勉強はやって当たり前」と自分に言い聞かせ、感情を切り離して淡々と取り組みました。
これまで避けてきたこと、やらずに済ませてきたことに真正面から向き合う時間は、決して楽ではありませんでしたが、その分、自分の土台を作っている感覚がありました。


アメリカ大学野球でのリアルな生活

――短い練習時間と、自己責任の世界

アメリカの大学生活は、朝8時からの授業で始まります。各クラスで約1時間半の授業を受け、その後は約3時間半の野球の練習があります。日本と比べると、アメリカの大学野球の練習時間はかなり短く感じます。

ただし、その分「終わった後をどう使うか」は完全に個人次第です。私は練習後にジムへ行き、足りない部分を補うトレーニングや自己練習を行っています。帰宅後は夕食を作り、宿題があれば取り組む。すべてが自己管理で成り立つ生活です。


監督交代で一変したチーム環境

――強豪校出身選手が流入した現実

今年から大学野球の監督が変わりました。新しい監督は、カリフォルニアでもトップクラスの強豪校を率いていた人物で、毎年D1に選手を送り出すようなチームの監督でした。

その監督が前チームから選手たちを連れてきたことで、チーム内の競争は一気に激化しました。正直、最初は相手にもされず、「自分は必要とされていないのではないか」と感じる場面も多く、腐りかけた時期もありました。


それでも諦めなかった理由

――「何もせずに諦めるのが一番最悪」

そんな中で自分に言い聞かせたのは、
**「何もしていないのに諦めるのは一番最悪だ」**ということでした。

試合に出られなくても、声出しをする。ベンチにいても、サポートに徹する。自分が試合に出ていなくても、「ここにいる意味」を示し続ける。

監督が求める野球に、自分がどうマッチできるのかを常に考え、「今の自分にできること」を一つずつ積み重ねていきました。


常に付きまとった不安

――「次は自分かもしれない」という恐怖

チームでは、週に1回、同じポジションの選手が戦力外を告げられる状況が続いていました。
「次は自分かもしれない」。その不安で、精神的にかなり不安定になる時期もありました。

ただ、それは自分ではコントロールできないこと。だからこそ、「自分がコントロールできること」だけに集中するようにしました。評価や結果ではなく、日々の姿勢と行動にフォーカスする。そこだけは絶対にブレないように意識しました。


残留という結果

――行動は、ちゃんと見られている

その積み重ねの結果、監督から
「来シーズンもチームに残ってほしい」
と言ってもらうことができました。

この言葉をもらえた時、これまでやってきたことは無駄ではなかったと、素直に嬉しく思いました。アメリカでは、結果だけでなく、日々の姿勢やチームへの向き合い方も確実に見られています。


留学を通して学んだこと

――変わるには、自分から取りに行くしかない

この約4ヶ月で、英語も野球も、自分なりに成長できたと感じています。そして何より、「何かを変えたいなら、自分から動くしかない」ということを強く実感しました。

環境は勝手には良くならないし、チャンスも待っていては来ません。今の自分に何ができるのかを考え、行動に移し続けること。それが、この環境で生き残るために必要な力だと思います。


これからの目標と、その先にある選択

まずは、野球で周囲から納得してもらえる成績を残すこと。
チームメイトからも、もっと野球で認められる存在になることが、今の一番の目標です。

将来については、アメリカで働くのか、日本で働くのか、まだ決めていません。ただ、その時に「これが自分にとってベストな選択だ」と胸を張って言えるよう、今できる努力を続けていきたいと思っています。

日大豊山高校→Citrus College 
谷口光陽

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